趣旨


Lafcadio Hearn (1850-1904)

ラフカディオ・ハーン(1850-1904)

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲/1850-1904)は、ギリシャに生まれアイルランドで育ち、移民としてアメリカに渡り、最後に日本を安住の地としました。幼いころ両親と生き別れたハーンは、54年の生涯を通じて常に旅人であり、その土地で出会った異文化や人種などに偏見をもたず、開かれた心で対象を見つめ、共感的理解をしました。この企画はラフカディオ・ハーンが持つ「オープン・マインド(開かれた精神)」を、彼の著書や手紙・講義録などを通して、多角的な視野で分析・解釈を試みるシンポジウムで、ハーンの生誕地レフカダで開催するものです。

ラフカディオ・ハーンは、アイルランド人の父チャールズ・ハーンとギリシャ人の母ローザ・カシマチの間に、1850年ギリシャのイオニア海に浮かぶレフカダ島で生まれました。4歳の時に母と生き別れて以来、2度と会うことはありませんでしたが、母への強い愛惜の念とともにギリシャ人としてのアイデンティティを誇り高く持ち続けました。元来多神教文化で輪廻の思想をもつギリシャに生を享けたことは、潜在的に彼のオープン・マインド形成に大きくかかわったと想像できます。日本の伝統文化と類似性をもつ古代ギリシャの文化的特質が、ハーンの日本文化の理解へとつながり、彼の中で、理想郷としてのギリシャと日本(西洋と東洋)が共通性を持って描かれることになります。「ギリシャと日本両国の生活と思想に関する比較研究がなされるならば、その結果は、さぞかし驚くべきものであり、かつ魅力的なものになるであろうことを、わたしは確信する」(「虫とギリシャの詩」)とハーン自身も述べています。また、「夏の日の夢」という晩年の作品の中で、抽象的に母ローザとレフカダで過ごした日々を彷彿とさせる文章を書いており、また弟ジェームズに宛てた手紙の中では母への愛情を吐露しています。

会場となるレフカダ市は、このシンポジウムに合わせてカルチャーセンター内に「ラフカディオ・ハーン・ミュージアム」をオープンすることを決定し、同市にとっても生誕地としてハーンの顕彰、市民への啓蒙をする絶好の機会になると思われます。

シンポジウムのテーマである”The Open Mind of Lafcadio Hearn”は、「ハーンの開かれた精神」という意味で、ハーンの人生や価値観をひとことで表現している言葉です。The Open Mind of Lafcadio Hearnは、2009年にアテネのギリシャ・アメリカン・カレッジにおいて、世界で初のアートでハーンの精神を表現する美術展が開催され、オープニングには500人以上の人が訪れるなど大きな話題となりました。これをきっかけに、ギリシャでは少しずつハーンブームが生まれ、関心は高まりつつあります。翌年2010年には、同タイトルの美術展を松江市の松江城天守閣で開催(松江市主催)、45,000人が訪れ感動と話題をよびました。この美術展は、2011年にニューヨークで、2012年にはニューオーリンズで開催されました。”The Open Mind of Lafcadio Hearn”への人々の共感と関心は、ますます広がりを見せています。

上記の理由から、ハーンの没後110年にあたる2014年に、ギリシャのレフカダにおいてハーンのオープン・マインドの解釈を試みる国際シンポジウムを開催することは、大きな意義があると考えます。2009年のギリシャ・アメリカン・カレッジでの美術展開催からちょうど5年目に「ハーンの開かれた精神性」を語るシンポジウムを、一連の文化事業の出発点でありまたハーンの人生の始まりでもあるギリシャで開催し、ラフカディオ・ハーンへの関心と理解を一層高めていきたいと思います。ハーンは晩年、「古代ギリシャ人たちは子供のように幸福で、またそのように心優しい人たちですが、同時にとても偉大な哲学者でもあり、今の時代でもわれわれは彼らに教えを乞うのです。今日、世界が必要を感じているのは、この古代ギリシャの幸福とやさしさの精神の回復なのです」(「虫とギリシャの詩」)と、古代ギリシャから学ぶ必要性を説きました。そんなハーンの思いを鑑みて、この文化事業はギリシャと日本の友好の絆を深め、シンポジウムを通して現代の私たちにとって必要な思考や生き方を探ることを目的とします。